My flickr's Photo Stream
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blogは震災の余韻のままでしたが、facebookばかりで更新してませんでした。あっという間に年末。
◯ 震災も身の回りの変化も、処々新たなはじまり。
× 去年の在宅介護以来慢性化した肩コリ。
右足ばかり怪我してる。
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2つの考え方がある。
ピーク時だけどうにかすればいいという考え方。大前さんが言う様に甲子園を秋にして冷房のきいた部屋で大型液晶テレビを見ないようにする。経済活動を停滞させない。そしてもう一つは、やっぱりこの際だから時間帯や季節に限らず、この際だから出来る節電はすべきということ。日本人はこういうとき真面目に頑張る。
色んな数字が出ているが、地域、季節、集計期間のマジックにはまらないようにしたい。法人需要はもちろん量は多いが、ここ十年それほど伸びてない。省エネ技術、自家発電化、そして産業空洞化が原因か。電力を大量に使う古い産業は伸ばそうにも構造的にもう伸びない。唯一新しい産業であるデータセンターぐらいだろう。一方家庭は伸びてるが、オール電化はたいしたことない。料理につかう時間は短い。同じく年間でならすと冷房は季節要因で暖房より少ない。大きくのびたのは、エコなはずの液晶テレビだがみんな大型に買い換えていること。it家電の待機電力。そしてある試算によると日本で普及率がむちゃくちゃ高い温水便座。原発二個分を常に使い続けているという。
そんなことを考えていたら、浜岡を止めると大騒ぎになった。ベクトルを180度変えるところまで行かないが、少し角度がかわってきた。依存度が高い関西は別として、原発なくても夏は乗り切れると思う。夏に暖かい便座はいらない。一日に数分しか座らないし紙で拭けばいいことだ。数万年の半減期、自然界に存在しない物質が行き場もなく、次の世代に排泄物として残されると考えると、自分のお尻を紙で拭くぐらいなんでもない。
どうやらここ十年の原発数の伸びは、家庭用の便利さの為にあるような気がする。それと引き換えにするには、あまりにも大きな代償であることが証明された。
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地震の日本史。
アマゾンで絶版。中古プレミアつきだが、今読むべきと思った。今回の震災は貞観地震の再来であるという。菅原道真は地震に関する克明な資料を残しているが、貞観地震の後、活動期に入り西の方に大規模地震が続いたことを書物だけでなく発掘調査で明らかにしている。安政地震のあとの庶民の心の動きは鯰絵に現されている。興味深い。
そして、福島、新潟、静岡、福井、島根、青森、とプレートや活断層の地震の記録がこの本にあり、原発をそういうところに選んで建てたように符合する。
活断層の調査やこのような古文書や考古学の検証はここ数十年のようだが、原発推進の動きには打ち消されてきた。
戦国時代、幕末、第二次大戦と歴史の転換点で地震は起こる。転換点で発想をかえるべき時。
今こそ歴史に学ぶべき。
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手前からモールトン、ビッカートン、ブロンプトン。英国生まれの三台。久しぶりに自転車いじりの時間。表に出していたのもあるので、一応除染を行う。まあ、くっついてるのは黄砂と花粉だが。
ロースロイスのエンジニア、スピットファイアの設計に携わったビッカートン氏が航空機工学を元に作ったビッカートン。イシゴニスのミニのラバーコーンサスを作ったゴムの専門家にしてお城工場のモールトン博士。ビッカートンをみてもっといいものが作れるとブロンプトンを作った当時若手のコンピューターサイエンスと造園技師のリッチー。モールトン博士は折りたたみ性能ならブロンプトンにはかなわないと宣わく。飾って眺めて楽しむモールトン。折りたたみギミックと携帯性能のビッカートン。通勤にもしっかり頼れるブロンプトン。
いずれにせよ、思い切り気兼ねなく大空の元を走れる時が早くきてほしい。
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被災地にいって少しだけわかったのは、避難所の状況はさまざま。母体になってる施設、規模、インフラの復旧状態、コミュニティなどいろいろな要素で必要な物資はさまざま。自治体やnpoが間でさばく仕組みが動きだしたが、難しいことも多い。
sugaさんの出入りしてるみちのくプロレスファンクラブでは、直接の支援を始めたようだ。炊き出し部隊も編成するそうだ。ライカンさんは現場監督なので地域を知り尽くしているだろう。シャンプーと親父の介護用品で手付かずのもの送った。たぶんどこに届くか分かる。わかりやすい顔の見える支援だ。
みちのくプロレスファンクラブ
支援物資を送ろう
http://ameblo.jp/fenrirfang/entry-10848835928.html
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写真をとりにいったのではない。
支援をしにいったのだ。
でもフィルムのGRだけ持っていった。
言葉をなくす光景に
シャッターをなかなか押せなかった。
戦場カメラマンにはなれない。
森山大道のように車の窓から撮るのがせいぜい。
凍てつく道
水没する道
走らない新幹線
交差点に上がったクルーザー
休業のコンビニ
復興に向かうトラック
いってみたかった大衆食堂
そしてなにも無かったように美しい海と空
事実を見てほしい
Flickrのアルバム
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親父の葬儀が終わって、ほっとして家の前の道を歩いているともう桜が咲いていた。桜は死の上に咲く。
事業を90才までやっていた親父の葬儀はそこそこの規模であった。多くの人が突然命を失い、別れを告げることも出来ず、未だ行方も分からず、荼毘にふすことも出来ない被災地を思うと、親父は幸せだと思う。式の間は、悲しみというよりそのギャップを消化できないでいた。去年の11月に入院してからすでに数ヶ月が立っている。その前の介護の数ヶ月は、共に寝起きし昔語りをし密度の濃い時間を過ごし、親父の残りの時間を実感した。思いを清算するには十分な時間があったのだった。認知や病状の変化で存在が少しづつなくなってゆき、意識がゆらぎ、死して実体を失い、黄泉へ。思い出へ。突然すべてが一度にやってくる災害を思うとこの時間の進行が貴重なものだと実感している。
親父は若い頃教育者でもあり、葬儀にも教え子が多く参列していた 。といっても皆さんリタイアしている年齢で、戦争直後の混乱期を共に乗り越えてきた方たちだ。被災地で訪れた多くの避難所は小学校で、学校の先生が避難所の運営にあたり子供達と地域を支えている。希望を失わず次の世代つなぐこと。先生には頭下がる思いだ。親父もたぶん同じ思いだろう。そして、私たちの世代と次の世代も乗り越えていけるはずだ。
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仙台の宿に咲いていた梅。
みちのくはやっと梅が咲き始めたが、今年は気をとめる人が少ないだろう。普段は観光客で賑わうだろう宿もガスや電気や水道など全国からの工事業者が集まりだした。被災地はまだ梅を愛でる段階でないだろう。
思えば、二年前の春にsugaさんをいきなり訪ねて、浅草にまつわる旧交を温めたのが始まりだった。その風貌からも阿弖流為の末裔、蝦夷の時代から中央に負け続けのみちのくと言うsugaさんに対して、いやそれだけじゃないsugaさんは浅草の土師や菅公の末裔でもある。教科書に載っていない歴史、交流はそんな簡単じゃない。私は坂東の地からみちのくへ繋がる古代の痕跡を巡るなかでわかった2年であった。神仏をめぐり、風土に目を向け、みちのくと坂東の繋がりを考える旅。それは一極集中と地域、自然環境と日本人を考える旅でもあった。そして起きた二つの地域ぞいの地震。その前後にsugaさんも私も親父を黄泉へ見送った。菅公にまつわる梅はそんなこの一ヶ月を象徴している。
梅はぼんやりと長く咲くが、そうこうしているうちに桜前線は北上してくる。桜は華やかだが一方で亡者の上に咲く花でもある。また春の稲の神であるサの神の座(クラ)であるとも、コノハナサクヤヒメが咲かせた花と言われる。みちのくにも本当の春がきてほしい。
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被災地からの帰り、外環状線から東京に入る。都心を囲む円弧状に荒川沿いを走ると、改めて東京の巨大さが分かる。大きく開ている場所は東は荒川、西は多摩川までない。都心部は広域避難所といっても公園や学校だ。みちのくの人口密度でもあの状態だったのだ。
河川敷に自衛隊のヘリが並ぶ、都心部から被災者が流入する。みちのくで見た光景を重ねるが想像がつかない。荒川河口から津波が溯上することもあるだろう。想定外のことは起きるのだ。
施設や備蓄やいろんな備えはもちろんだが、
普段からの住民のコミュニティが重要だと思う。スムーズに避難できるか、避難所を運営出来るか。この点において東京は想像を絶する。想定外のことは起きるのだと。
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宮城県にきています。
微力ながら役に立てるかと。
そういう機会が巡ってきたので、手をあげました。
そしてsugaさんが見てきたことを自分の目で見ておくべきだと。
それが、共通認識として明日を考えることに繋がると。
言葉を失う風景。
家は失ったが命はたすかったという言葉。
人々の視線視点。
表面化した乖離、融合、混乱、力、そして知恵。
画面でみてても分からない色、形、匂い、音。温度、言葉の重みに包まれる。
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総合の時間 このエントリーを書いてから、まだそんなに日がたっていない。子供達は原子力についてどう思っているだろうか。
3/11以降出来事は、このブログのタイトルにある"憂鬱"がまさに現実となったといえるだろう。ここ数年の"エコ"がなんだったか明らかになる。オール電化もエコポイントもプラグインもco2削減の計算も全部やり直し。日本だけでなく諸外国もそうだろう。
3年前に富良野に行ってから、このブログの名前を変えた。立ち飲み屋巡りやガジェットの事ばかり書いてるのがバカバカしくなった。
思えばその憂鬱のはけ口は、sugaさんとやってるミステリーハンターだった。坂東とみちのくを巡る旅の中に日本人と自然を求めるものだったが、不思議なことに今回の余震を含めた震源の移動と符合する。プレートとフォッサマグナと中央構造線の上に人々が住んだ理由。その痕跡は神社仏閣や鉱山跡や遺跡や治水の痕跡に残っているのだ。それが自然を畏怖し信仰の対象として応分の恵みを得ているうちは良かった。もちろん歴史上も津波や地震で多く命が失われて、それを龍神や鬼や祟り神の戒めと受け入れ日本人は立ち直ってきたのだ。それは自然とバランスを取り続けるという天の力。天災である。だが今回のは違う。引き金こそ天災であるが、原発事故云々だけでなくそうした人間の作ったシステム自身の人災である。原発も経済ともすればすぐに制御不能になる。もはや祟り神のせいには出来ない。
富良野の闇の教室では、倉本さんの語りで夜のアジア地域の衛星写真が解説される。北朝鮮暗さに比べ日本は異常に明るい。計画停電と節電の夜はどう写っているだろうか。
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梅よろし
めったに甘い飲み物は飲まないが疲れて飲むと美味しい。 天神様にちなんで買ってみた。季節限定。
今回の震災でいろんなことがわかってくるだろう。コンビニの棚が商品で目一杯ないといけない。つねに話題の新製品がローテーションしていないと面白くない。夜中でも明るすぎる照明で商品をよく見て選べる。
そうした便利さや与えられた楽しさが、脆く虚しいことがわかってくる。
表通りのコンビニの商品は棚がまばらだが、裏通りのじいさんがやってる乾物屋はもともと棚がまばらだけど必要なものは普通においてある。需給バランスと大規模な流通網に依存したシステムの問題だ。そしてコンビニでしか買い物をできない人が増えているようだ。
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とりあえずsugaさんに復興を祈念するメール送る。そして仕事関係で義援金のお知らせを配信。金曜日の汐留ビル揺れはもうダメかと思ったがsugaさんの緊迫が全然違う。東京は買いだめすることない。必要以上に車で動くな。物資とガソリンはみちのくへ。優先順位を考えよう。あの美しいみちのくが復興するように。
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