2005.12.29

三丁目の夕日的

伊香保のおもちゃと人形自動車博物館へ行ってきた。目的は自動車の撮影なのだが最近流行の昭和をテーマにした展示もあった。

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この手の団塊の世代向けマーケティングのわざとらしさがいやで、馬鹿にしていたのだが、どうしてどうしてなかなか引き込まれるものがある。

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見るものにとって、展示物の一つ一つにその時代の思い出がよみがえるのだろう。展示物自体の価値というより、その時代を思い出すリフレクターとしての展示物の効果なのだ。時代考証的には、やはり「三丁目の夕日」で東京タワー前、自分は「万博世代」。ほんの10数年の差なのだが、かなり大きな違いを感じる。

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自動車編はこちら

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2005.08.22

車窓

鉄道ぶんか村>週末は軽井沢だったのだが、家族の都合で日曜日に帰京。でも休みはまだ一日あるので、月曜は、長野新幹線経由で再び軽井沢。しなの鉄道へ。新幹線と違い、おとろえた動体視力にちょうどいいスピードと線路脇まで見渡せる車窓。緑のトンネルを進むようだ。久しぶりの列車の旅はたのしい。ビールも飲めるし。

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2005.08.19

鉄道ぶんか村

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園内にはいろんな旧型車両が展示してあるほか、トロッコの終点には温泉施設があり、一日中親子で楽しめる。
男の子のいる家族にはお奨め。
(親のほうが面白がってしまいました・・・)

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なつかしい「そよかぜ」。そういえば「軽井沢グリーン号」なんてオールグリーン車編成の列車もあった。古いサロばかりだったが、ぜいたくな当時の軽井沢の雰囲気を思い出す。

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アプト式

碓氷鉄道ぶんか村に行ってきた。

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トロッコ列車で1000分の66勾配を上る図。

終点の温泉施設までほんの2キロちょっとだが、「あさま」や「そよかぜ」やに乗って軽井沢やスキーに行ったのを思い出す。重連の電気機関車を横川でつけて、夏でも冷気に満ちた峠をのぼった。機関車の着脱は、旅の楽しみのひとつで、こども心にプロの仕事をかんじたものだ。線路はまだ軽井沢方向に続いている。在来線まったく廃止してしまう・・・という長野新幹線の施策には驚いたものだが、「いつの日か軽井沢まで・・・・・」というトロッコ列車のアナオンスには涙を誘うものがあった。

このまま、保存鉄道として軽井沢までいけばいいのに。

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2005.07.10

そういえば四万六千日

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そういえば、四万六千日だ。この日にいくと46000回お参りしたことになる観音様のバーゲンの日

こういうときに限って銀塩をもっていない。

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2005.05.05

森の中でランチ。

軽井沢?箱根?

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さて、どこでしょう。
(某最高学府です。)

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2005.04.29

自転車と同じ。

館山ではじめての乗馬。結構本格的。

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「手綱をひくととまる。足で蹴ると進む。自転車と同じ・・・。」との説明に妙に納得。

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2005.04.28

館山

館山の海岸。初夏を感じる夕暮れ。

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TVS Degitalでちょっと面白い色に撮れた。

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2004.08.30

700系新幹線のシート

大阪に出張するたびに思う。

”700系のぞみのシートは硬い!”

確かに長時間は硬いシートが疲れないのだが、シートで重要なのは”面圧分布”。つまり、体と接している面積が大きければ一箇所にかかる重量が少なくて疲れない。
硬いシートがドイツ車的であれば、面圧重視の包み込むようなシートはフランス車的。
”のぞみ”のシートは硬すぎて、背中を預けるところがないので、どうも落ち着かない。
ぜひとも、JRには改善をお願いしたいところだ。

新幹線は、どんどん飛行機に近づきつつあるが、もう少し列車の旅のよさを思い出してもいいんじゃない。
こんどは時間がかかっても300系で帰ってこようかな。

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2004.08.10

ビールと牧場

町内会のバスツアーで、那須高原へ行く。

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銀河ビールの工場見学。
地ビール(マイクロブルウェリー)は、生産規模的に経営が苦しいらしい。
銀河高原ビールは全国規模でよく流通しているので、成功しているほうだろう。
少々高いが、やはりおいしい(ヨーロッパのビールぽい)

新製品「おやすみビール」をお土産に・・・・
みのもんたの顔が印刷されている。これで、ずいぶんまずそうに見えるので、あげちゃうことにする。

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千本木牧場で・・・・

なぜか、牧場には楽焼が・・・・
子供のころ、浅間牧場で楽焼をやったのを思い出す。
(軽井沢にも楽焼屋がいっぱいあったが)

支給されたお弁当が貧弱なので、ジンギスカンを少し食べて、アイスクリーム作りを体験。子供は喜んだが、塩水が入って失敗。(一緒の組になったおばあさんがミス)途中までうまくできていたのに残念!。

(ビデオ撮ってたので写真なし)

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2004.08.08

夏祭り

妻の実家の町内夏祭りに行く。
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自分の生まれ育った千駄木の家は、根津神社の氏子。
祭りも伝統のある盛大なものだが、最近は老齢化で神輿の担ぎ手が少ない一方、外からの訪問客も多く観光地化している。

松戸のこの辺は新興住宅地なので、伝統こそないが、若い人が多いしそれなりのコミニュティがあるようだ。
神輿も神社は関係なく町会がいかにも手作りで運営しているらしい。
手作りのおにぎりや採れたての野菜を振る舞い、これはこれでいいものだ。
畑が少なくなったが、自然もまだ残っていて都心より涼しい。

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2004.07.18

都会の滝

暑い!

涼を求めて、王子の「名主の滝」に行ってきた。家から車で十分ぐらい。そういえば、この辺は滝野川というのだ。滝が有って当然。

かなり広い日本庭園に滝が大小4つほどある。滝自体はそんなに落差の大きなものでないが、傾斜地を生かして上手く渓谷美を演出している。江戸も此処まで来ると、近郷近在、六義園のような武家屋敷の庭園と違い野趣溢れるものだ。

ひと時の涼味を味わう。

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名主の滝(北区)

北区公園課

これを見ると、精養軒が整備して使っていたみたい。
ビアガーデンにしてくれるなら、それはそれでいいかもね。

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2004.01.29

串揚げ定食は650円!

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 大阪に出張する。朝8時の飛行機で、帰りは14時の伊丹発のとんぼ返り。いつもの大阪行きのときは、帰りに新梅田食堂街の立ち飲みにいき、新大阪から爆睡新幹線が帰京ルートであるが、今日は、そんな猶予はない。目的地は京阪の沿線なので、伊丹からモノレールで門真方面へ向かう。大阪人に言わせるとなんのために作ったかわからへんモノレール。万博跡地、爆発だーの太陽の搭をみながらのんびり走るが、約束の時間に間に合いそうもないので、途中からタクシーで急ぐ。  打ち合わせは、予定より少し早めに終わったので、帰りは京阪で京橋に出て、伊丹に行くことにした。せっかくなので京橋で昼食をとることにする。適当に商店街をさまよい串揚げ屋を物色。串揚げ定食650円!安い!+オプションでミニビール付のものは750円+せっかくなので広島かきの串揚げ200円もオプションしてもらう。しめて950円。(写真)やはり大阪は食いもののレベルが高い。適当に店を選んでもはずれはない。それにしてもこのソースの皿がでかいこと。  京橋は、大阪城近辺のオフィス街をひかえた場所で、東京で言うと新橋みたいなおじさんの集うところらしい。高層ビル街から商店街にくるとなんとなくほっとする地域だ。東京では、アーケードはを見かけることが少なくなったが、大阪では商店街といえば、うなぎの寝床のようなアーケードがまだ元気だ。エリアでなく筋で発展してきた街の形成過程もあるのだろうが、商人の町なのであろうか。とにかく、路上ウォッチの楽しい街である。  腹ごなしに、商店街をさまよい環状線の駅うどん(きざみうどん280円)を駄目押しで食べて、梅田にでてバスで伊丹へ。そして1時間のフライトでは爆睡号になるまでもない。

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2004.01.12

スーパーな銭湯!

 家の風呂が壊れた。今日は、銭湯へ行くことにした。LaQuaという手もあるが、もう少し時間をかけていくべきだろう。4000円ぐらいするし。ホームページで近くの銭湯を検索すると、文京区浴場組合のページがあった。なかなか、味のあるページである。番台のおじいさんとかいい味出してる。銭湯健在というといところか。

 このなかの、シビックランド日成に行ってみることにした。LaQuaのすぐ目の前である。入り口で、入浴券を買うが、400円の普通の銭湯コースと、色々な風呂・サウナがあるVIPコースがあり、今日は、とりあえず銭湯コースにした。20円の石鹸も自動販売機で買える。いまどき20円で買えるものって珍しいと思う。子供が靴を脱がないで上がると、おばさんに怒られる。見かけは、ビルで近代的な入浴施設だが、番台のおばさんが小うるさいのは昔の銭湯ならではだ。
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 中に入ると、寝湯とジェットバスと薬湯がある。私は男の子を連れて行ったのだが、2歳の子にはお湯が熱すぎた。泣きべそをかきながら入れたので、落ちつかない。VIPコースにつながる扉がある。もう400円プラスするVIPコースだと扉の取っ手を渡してくれるらしい。これがスーパー銭湯というものか。次回は、VIPコースにしてみよう。それとも、昔風の銭湯にしようかな。

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2004.01.07

立ち飲みは文化だ!

 立ち飲み屋が増えている。私の通勤経路は、文京区から中央区まで、不忍通り、中央通り、昭和通り、清洲橋通りの東京を南北に走る通りとその間の路地からなる。このうち神田を基点として、日本橋、小伝馬町、人形町にかけてのエリアで、最近立ち飲み屋をよく見る。神田は、昔ながらのガード下の店だが、立ち食い蕎麦屋の二毛作営業や、立ち飲みフランチャイズが新興勢力。長引く不況を反映して、1000円程度で帰宅途中の楽しみというところだろうか。


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 社会人になったころは、門前仲町が勤務地であった。古くからの海運の地であるから、早くあがったトラッカーたちが板切れ一枚渡したテーブルの店で,4時ぐらいから飲んでいた。リーマンの私たちが繰り出す時間には入れ違いになり、さっと飲んでかえる姿がかっこよかった。そんな立ち飲みやも、バブルとともに高級化して、下町から消えていったような気がする。あのころは、みんな簡単に家に帰らなかったから、しっかりと腰を落ち着けてのむのがあたりまえだった。一日の疲れを癒す酒でなく、酒を飲むこと自体が毎日の祝祭であった時代。

 その点、大阪は立ち飲みを忘れなかった。梅田の地下はきれいになったが、串揚げ屋はなくならない。相変わらずダークしている。(*注)先日、出張のおりに通天閣に行ったが、ここはバブルが無かったようだ。おどろいたのは、茶髪のねーちゃんとヤンキーがデートなのか、二人で串揚げをバクバク食っていた。合理主義なのか?ただ変わらないだけなのか?おじさんしかいない東京の立ちのみとは大違い。

 イギリスにはパブが、スペインにはバールが、香港や南大門や中洲には屋台が。そして、六本木には外人の集うスタンデイングバーが。アイリッシュパブも流行っているようだし、キャッシュオンデリバリーで気軽に楽しめる個性豊かな立ち飲みが増えてほしい。Cafeが文化なら、立ち飲みだって文化だ!

(*注)ダークする・・・ダークダックスのように、肩だけいれて酒をのむこと。混雑してくると「ダークしてへんか?」と詰め込まれる。

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2004.01.03

LaQuaへ行くとらくーだ!

 昨年の5月にできた、東京ドームシティのLaQuaへ行ってきた。スパがメインだと思っていたが、実は、自分の家からもっとも近い大規模な商業施設であったことに気がついた。

 文京区というのは、都心にありながら山手線の中にすっぽりはまって、JRの駅が無い。ということは、ターミナルが無いので、デパートや駅ビルも昔からないところである。今までで買い物といえば、上野の松坂屋や丸井、池袋の西武・パルコ・東武などで、ちょっと足を伸ばせば日本橋か銀座というところで、いずれも地下鉄を使えば同じような距離であるので不自由ではないが、車で行くと駐車場に困る。郊外の生活はロードサイドの大規模店へ車で買い物にいくのが当たりまえであるが、それに比べると実は都心は不便だといつも思っていた。
super.jpg 最近は、家族で(というか、面倒なので子供を車に押し込んで)買い物に出かけることが多いが、再開発で近所にも駐車スペースを持つスーパーができ始めた。春日の「クィーンズ伊勢丹」や、文京コートの「大丸ピーコック」などである。これに加えてLaQuaならば、洋服や雑貨も買えるし、子供も遊ばせる。規模も手ごろだし、新しめのテナントが多いのも新鮮だ。「成城石井」もラーメンの「一蘭」もある。文京区に生まれてこのかた40年住んでいるが、後楽園と言えば「仮面ライダーショー」か馬券売り場みたいな先入観があったが、車で10分でこれはいいかもしれない。今まで不忍通りを中心としてきた電車生活圏が、白山通りを中心とする車生活圏になりつつある。

 最近、マンションが増えたので、われわれの年代のファミリー層が文京区も増えていると思う。コンパクトメルセデスや、VOLVO、BMWなどに子供2人を乗せたファミリーをよく見かける。少子化で子供は少ないとはいえ、保育所の待機児童問題はまだ解決していない。共働きを含めそこそこ収入があり、マンションやミニ開発の一戸建てに住み、休日は車で買い物。もちろんスーパーは、高級食材を扱っているところ(先の3店)。・・・というようなライフスタイルか?このライフスタイルは、世田谷から東急沿線西の方からの伝播か?あるいは郊外型の生活の都心回帰か?

 駅前を中心とする「シャッター商店街」が地方経済の衰退の象徴のように言われているけれど、モータリゼーションの発達が急速だった地方の方が、ロードサイド大規模商圏への移行が早く、とっくに便利なライフスタイルを享受していたのではないかとも思う。私は、昔ながらの商店街で買いものをするほうが好きだから、谷中銀座田端商店街も行くけれど、何がいいって、買った焼き鳥をすぐ立ち食いできるがいい。これはこれでなくならないでいてほしいものだ。

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